古い友人と久しぶりに飲む
不動前かむろ坂
日頃のご愛顧ありがとうございます。店主の高野です。東京では、3月中だと言うのに桜はもう散り始め、それだけではなくもう新緑の雰囲気で、ツツジは咲き始め、アジサイも青々と葉を蓄え始めました。各地の花見どころでは、宴会は禁じられているものの、先週末は陽気も良く、人出は相当だったでしょう。この自粛モードで外出も憚れるなか、こんな日に家に閉じこもっていては人間らしい生活も放棄していると言う気持ちになってたのではないでしょうか。
我々も、時短要請中は人を減らして店を回しているため、私もなかなか従業員と顔を合わせれません。中には、今年から採用した若者、亀山という新人なんかは、まだ、一度しかあってないものもおります。東京店舗の勝手をよく分かってない私を新人と2人で一緒のシフトにするわけにはいかないという配慮のためでしょう。そんな中、経営者として従業員の士気を緩めさせないことを大切な仕事と思っておりますが、そんな心配は杞憂かのように、みんな気合と真面目な仕事っぷりを見せてくれ、頼もしさを感じるところであります。
3月22日から東京は、緊急事態宣言が解除されたものの、三月いっぱいは協力金のもと、営業時間が1時間繰り下げられましたが、まだ時短要請が出ており、我々の店はそれに応じております。4月になっても3週間、協力金は下がりますが時短要請が続く予定です。東京都の金は尽きることなく溢れるように出てきております。
街を見渡すと、時短要請に応じず営業を継続する店が増えてきたようにも見えますが、特に桜の季節だからかもしれませんが、我々が店を閉めた後でもお客さんは入ってますね。協力金の影響が軽微な大箱の店は、この方が協力金無しよりもマシと考えてるでしょう。お、頑張ってんなと思いながら通りを歩いてると、稀にうちと変わらない規模の店が開けてるのをみると、え、なんで時短しないの?と感じてしまいます。
このコロナ禍において、うちの生き残り作戦は、現在の時短要請においては、協力金と雇用調整助成金の二本柱で最善の収支を目指すことですが、おそらくうち規模で営業続行してるところは、雇用調整助成金を申請してないのでしょう。そして協力金だけでは成り立たないということで、協力金を捨てて営業に挑むのでしょう。余計なお世話でしょうが、これももし外したら…と考えるとリスキーな選択でもあります。私のような小心者はなかなかやれないですね。
こんな議論は、東京都が目指してる、いかに感染者数を抑え込むかという話の一部に過ぎませんが、そもそも行政の政策を遂行するには、我々に店を閉めさせる協力金という餌をぶら下げ、それに食らいついたら、こちらはそれで与えられた条件でゲームをしなくちゃいけないのでしょう。ここで、小さい店も、大きい店も一律六万円がおかしいという話も出てますが、付け焼き刃的な都の政策としては一旦これでやってみてるのでしょう。もし東京平均の飲食店規模がうち程度であれば、なかなかいい線突いてきてるなと思います。来年になればもっと完成度の高い仕組みができてると思います。
いずれにせよ、都民、いや国民、さらには世界中がコロナを完全に封じ込めることを最優先課題にしてるなら、日本では年内は時短要請が繰り返されることを覚悟しています。我々としてはこの先に来る第10波を見越して、チームの士気を緩めず、いつでも普通に営業することに備えております。
そんな中、先日、サラリーマン時代の同期と飲みました。おそらく彼は、私が25の時に「30になったら居酒屋やるわ」と言ってるのを、こいつは多分本当にやるだろうと思ってたであろう男で、私が脱サラしてからもずっと付き合いがあり、未だに結婚もせず、釣りを愛する男です。
私は、不動前の自宅から彼の住む東中野までの10キロを走って行きましたが、汗だくになって待ち合わせてる私を「お前何やってんの?」と思いっきりウケてる姿をみて、私もウケました。
東中野は私たちが社会人になった時に最初に住んだ会社の寮があるところで、彼はその後転職しても東中野に住み、しまいには東中野にマンションを買って、結果25年も東中野に住んでることになります。
焼き鳥を食べながら、我々の20代の頃の合コン、つまり平成スタイルの合コンの思い出話になり、酒にまつわる、人生の物語、酒癖などの話題に花を咲かせました。年齢によって酒との付き合いも変わっていくとは思いますが、私の人生にも多くの酒にまつわる物語が思い出されました。そして改めて、私も酒のあるシーンがその人の時間を豊かにする1シーンにする事を仕事としているのだと認識したのでした。
目黒川
神田川 新宿の高層ビルが見える
友人の部屋は釣具店のようになっていた
友人の家からは新宿を一望することができた