敗北

日頃のご愛顧ありがとうございます。店主の高野です。

今年は9月に入っても残暑が厳しく、暑い夏だったという夏になったと思いますが、それで も空を見上げても、木々の葉を見ても、どこか秋に入ったのだという気配が感じられます。冬から始まったコロナは、春夏と経過して秋までやってきました。

私も同業の人に会うと、このコロナ禍の中、挨拶のように「今月どう?」などと情報交換しますが、先日、麻布の店にいたら、元従業員の新橋で独立した安田と、日本橋で働いてる祐太郎がやってきて、安田が「新橋はダメです。こいつの話聞いてくださいよ」と祐太郎を指すので、「まさか前年超えてるんじゃないだろうな?」というと、祐太郎が涼しげな顔して「ええ、まあ」というので、頭の中が「!?」となりました。 話を聞いてみても、4月、5月の自粛モード真っ盛りの中、普通に営業していた以外、特に変わったことをしているわけではなく、地元の客をしっかりつけているだけの話のようでした。かつて、掃除後片付けは飲食店の基本中の基本だと考える私が、店のシンクをゴシゴシ擦ってる時に、「そんなに擦ってる意味が全く分かりません」などと言い放ち、「俺、お前とは絶対一緒に仕事したくないな」などと言っていた相手が、こうやって結果を出してるのを見ると世の中の不合理を思わずにはいりませんでした。

その後、一緒に来てた祐太郎の彼女が福島の会津出身だという話になり、「会津はなかなかいいところだね」という話になっていたところ、祐太郎が戊辰戦争において、なぜ会津が激戦地となったかという話をとうとうと語り始め、我々は彼の知見を拝聴するような形になり、「何で俺は、ろくに勉強してきてないこいつの日本史観を食いつくように聞いてるんだ?」と雄太郎の聴講生に成り下がったような気持ちにならざる得ませんでした。

確かに今や祐太郎も30歳になり、あの無知で愚かな18歳の頃とは変わったのかもしれません。あの勝ち誇ったようなあいつの表情は、私の頭の中に残像のように残り、これが世の中の時代の流れなのかなという思いが湧きました。私は、自分に負けたとか、コロナに負けたとか聞こえのいい敗北ではなく、一生こいつに負けることはないと思ってた佐田祐太郎に負けたのだという気持ちが湧いてきました。