高橋が抜け高橋が入るご報告


日頃のご愛顧ありがとうございます。店主の高野です。

6月も間も無く終わろうとして、コロナの騒ぎが始まってから3ヶ月も4ヶ月も経とうとしております。我々の3店舗とも稼働させておりますが、売り上げはかつての水準にはまったく及ばず、今は耐え時なのだと自分に言い聞かせております。

ただ、そんな中でも我々の店では動きがあり、まず去年の3月から入ったわたしの同級生である高橋いずみが抜け、代わりに高橋伸弥21歳が入ることとなりました

いずみは、将来的に自分の店を持ちたいという夢があり、うち以外の形態の店を見てみたいということで、こんな騒ぎになる前から5月いっぱいで上がる予定でしたが、こんな状況で新たに人を募集する飲食店も期待できず、6月以降もうちでやることとなっておりました。

しかし、今でも短縮営業を行い、少しでも雇用調査助成金を申請に頼り、これまでのバイトを店に戻すこともできず、最低限のコストで最大限の売り上げを目指す現在の均衡点では、彼女に十分なシフトを振ることができませんでした。

振り返れば、4月の営業自粛要請で店を閉めろと言われたわけでもないのに、投げ出すように店を閉め、バイトをバッサリ切り、5月の給料に至っては従業員に頼んで減額してもらい、店を閉めろと言われたわけではないのに恵比寿の店に至っては6週間も閉じたまま、挙げ句の果てにこのように従業員に将来の不安を与え、辞めていかせる、経営者としては屈辱的な敗北をつきつけられ、一体、何のために経営してるのだろうかと虚しさを感じてまいりました。多くの人が言うように、今回のコロナ禍ではいろんなことにまだ正解が分からない状態と言われてますが、もし私に絶対的な信念があり、それを貫く強さがあったとすればもっと違うやり方があったろうし、今回のことは不本意以外の何者でもなく、私の未熟さを認めざるえないところです。

ただ、いずみについては持ち前の顔の広さから既に新しい職場を見つけ働いているようで、日頃ご愛顧頂いてるお客さんたちにはろくにご挨拶できずお詫びしたいところです。将来、彼女の思い描いている、1人でカウンターに大皿を並べるおばんざい屋が、早くオープンし、そしてそのカウンターで彼女の惣菜をつまみながら酒を飲み、今回の件を笑い話として話せる日を楽しみにしております。

一方、間も無く入社する高橋伸弥21歳は念願の20代社員であり、それでいて3年間寿司屋で働いて魚も捌けるという理想的な求職者でした。いずみが抜けるとはいえ、コロナの騒ぎがだいぶ大きくなっていたところで先行き不透明感も強く、一瞬躊躇しましたが、条件が申し分もなく、会ってみても好青年で、今の瞬間的な人件費アップよりも今後の期待、そして何よりもこの21歳はうちの会社に溶け込めそうな誠実さが表情に現れており、この可能性に賭けることにしました。

21歳と言うと、仙台でバイトしている学生バイト達と同じ世代で、追々、高橋を仙台に投入したらどんな反応がチームに起きるだろうか?と楽しみにしているところがあります。すでに3年間社会人をやってるとはいえ、21歳とはキャンバスで言えばまだまだ色を加える余地のある年でしょう。将来的に八戸の親父さんの居酒屋を手伝いたいなどと申していますが、いずれにせよ彼のような若者に魚BAR一歩のやり方を教えていくのは楽しみであります。

このようにバタバタした時代にバタバタしたうちの状態でありますが、我々もいち早く元の状態に戻していきたいと、今を耐えて頑張りますので、引き続き今後のご愛顧をよろしくお願いします。