杉森龍宇

日頃のご愛顧ありがとうございます。店主の高野です。

今年もはやくも2月になってしまい、しかも今年初めてのブログ更新となり、営業宣伝活動を怠ってしまいました。言い訳ではないですが、その代わり確定申告の準備を着々と進めております。

そして突然の報告ではありますが、123日に、仙台店の学生バイトで、3年目になる杉森龍宇21歳が白血病で亡くなりました。

110日にうちのバイトに入った後、次の週のバイトを熱を出して休み、19日には救急車で入院し白血病と診断され、21日に容態が悪化し意識不明となり、ご両親の判断でできるだけ多くの友人に会わせたいという意向で私のところにも連絡があり23日に至る、という急展開でした。

龍宇君のお母さんというのは、恵比寿店がオープンして間もない頃、おそらくその頃龍宇君は幼稚園でしょうか、からの10年以上にわたる知り合いでした。それから仙台店を出して間もない頃にふと現れて、「うちの息子が今度東北大学を受験するの」、「おー、優秀だな。合格した暁には是非魚BAR一歩でバイトをさせて下さい」という話をしてからの、龍宇君の登場でした。

私の知ってからの龍宇君の人生は、仙台で充実したものだったのではないでしょうか。高校時代からの彼女との遠距離恋愛を、周りの予想に反して、固い絆を維持し続け、大学で所属した山岳部では一年の剣岳登山では見事に滑落しヘリで救助され、その間の一週間の記憶を飛ばし、先日のお別れ会で弔辞を述べられた大学の先生のお話では、研究室に所属するずっと前の一年生の時から、その先生の門戸を叩き先生の手伝いをされていたそうです。先生はどれだけ彼が楽しそうに手伝いをし、こういう仕事の適性があるかを語っていました。事実、私は彼に大学後の進路の話を聞いたところ、定まっていない中にも国家公務員などという職種が出てきて、こいつは単なる俗人ではないなと思っていました。私の人生が東北自動車道を120キロで走っているとしたら(すごく早いわけでもなく、遅いわけでもないという意味)、龍宇君は国道4号線を60キロで周りの新緑や田んぼの育ち具合を見ながら走っている(ノロノロしているわけではないが見落としがちなものを見つけることができるという意味)ようなものだな、と話したこともありました。

一生懸命学生バイトを社員としてスカウトしようとちょっかいかけてますが、龍宇君はまず来ないだろうなと思わせられる相手で、彼が飲食業を軽んじているわけではなく、彼はもっと別な形で、この社会に関わり、貢献していく彼の姿を築きつつあったように思います。彼が社会に還元していくのはこれからだったことを考えると残念です。

もちろん彼の人生の中で、魚BAR一歩の占める割合なんてささやかなものでしたが、港区生まれ育ちで、東北大学で過ごした彼のフィールドはとても魚BAR一歩と被ります。しかし、彼の眺めた日本アルプスからの眺望や、熊野古道の原生林に想いを馳せると、私のような銭稼ぎに明け暮れる人間とは違ったこの世の中に見えたでしょう。

ご両親の気持ちを思うと我々の心も痛くなりますが、同時に写真家、ライターというアーチスト気質で、自分の脚で人生歩んできた杉森夫妻ならこの困難も乗り越えて進んでいくと思っております。我々魚BAR一歩の思いは杉森家、彼女のハナちゃんと共にあります。

写真は東北大学山岳部のページから拝借