「革命君」斉藤哲夫が福島の日本酒「三春」を紹介する
日頃のご愛顧ありがとうございます
店主の高野です。
我々の日本酒の仕入れ先の一つに「革命君」という名前でやってる斎藤君という男がいますが、彼は四谷の鈴伝という地酒屋で番頭のような事をしていましたが十年くらい前に病気をして命も危ういと思われましたが、三年くらい前に復活して独立して酒屋をやってます。
我々が2004年に恵比寿店をオープンした頃は芋焼酎ブームでしたが、当時、東京で随一の地酒屋である鈴伝に我々の日本酒のラインナップはほぼ頼りっきりでした。鈴伝といえば東京で久保田や十四代を広めた酒屋で、斎藤君はそれに続けとばかりに新潟の村祐や青森の陸奥八仙などが広まるのに少なからず貢献したのではないでしょうか。
当時流行ってたmixiで、闘病中の斎藤君が自分の余命を覚悟して「少しは日本酒界に貢献できたかな」と呟いていたのを覚えています。
斎藤君が革命君を立ち上げてからも我々との付き合いが続いていますが、相変わらず地方の小さな蔵を開拓してるようで、よく聞いたことのない銘柄を紹介してくれます。ついこないだも、今シーズンから取引を始めた福島の三春というブランドを送ってきました。以前から「新しい蔵を紹介するなら、斎藤君のその蔵への思いをどんどん発信していきなよ」という話はしていましたが、今回、この三春への思いを斎藤君らしい熱い文章で送ってきたので、この場で紹介させていただきます。
誤字脱字はあるものの(私も人のことは言えない)、なかなか文才あるじゃないか、と思わせる文章でした。この三春ももちろんですが、面白い日本酒を探してみようと思ったら革命君も是非よろしくお願いします。
以下、斎藤君の三春の紹介
【革命君】
三春 五万石
福島県は三春町、佐藤酒造さんが醸しているお酒です。代表銘柄は三春駒。自分の父方の親戚が三春町出身なので、元々興味はありました。
しかし、三春駒を飲んだことは昨年の夏の試飲会までありませんでした。
佐藤酒造は長年、南部杜氏を冬場に招いて酒造りをするスタイルで来ました。
28BY(醸造年度)から社員蔵人の齋藤哲平さんが杜氏に就いています。ちなみに自分は齋藤哲雄、名刺交換して、似てますね(^_^
齋藤さんは蔵の営業担当でしたが、蔵元の白羽の矢を受けて、2011年から酒造りに移り、ベテラン南部杜氏さんの指導の下、修業を重ねてきました。
そして、杜氏に就任一年目にして、全国新酒鑑評会で金賞を、南部杜氏組合主催の自醸清酒鑑評会の純米吟醸酒部門でも1位を獲得。
斎藤さんは30代半ば。佐藤酒造は斎藤さんを杜氏に引き上げるのに連動して他の蔵人の若返りも敢行しており、女性を含めて20~30代中心の酒造りに移行し、東日本大震災以降、若い力で蔵の酒質改革が始まりました。
地元銘柄から新しい銘柄として、城下町である三春 五万石 と名付けられたのではないかなと。
昨年夏のふくしま美酒体験(試飲会)で、これは?
見たことがなかったのも、昨年が初年度だったからです。ちょうど良いタイミングで自分は出会えました。
フルーティータイプ、甘味、旨味のあと、サラリと爽やかに駆け抜けていくので、二杯、三杯と自然に流れて行く感覚でした。
夏からずっと考えていて、気になって仕方がない。
発展途上ではあるものの、スタートラインはかなり高い位置に付けているので、この銘柄は伸びる可能性があるなと感じました。
初年度は四合瓶メインで3000本ほど作ったようですが、瞬く間に完売したそうです。そういえば、試飲会でも四合瓶で出品されていた。
今回、蔵に行って一升瓶の比率も上げようという話や、今年発売予定の計画など、直接会って話をしてきました。
試飲会当日に天明の鈴木孝市さんも、
「今の福島には若い才能、ダイヤの原石が多く眠っていますよ!」
って、嬉しそうに話していたのが、印象深いです(*^^*) チーム福島ならではですね。
ただ、会津、喜多方はもう既に出てきてます。前職時代は沢山お世話になった
酒蔵さんも多いですが………自分はもう過去には戻れません。
福島中通りも既に出てきてます。白河も昔と現在ではまるで違う時代になりました。
美味しい銘柄の宝庫、福島。
その中で、独自の福島ラインを築きたい。過去には戻れなくても、未来を切り拓く。
試飲会の残り時間と体力も少なくなり、集中力は逆に研ぎ澄まされました。
試飲会後半で見出だしたのが三春 五万石 だったのです。
三春 五万石 蔵見学(2018年1月14日 )
課題は大量にある蔵でした。自分が15年前、福島(会津)の酒蔵巡りをしていた頃にタイムスリップしたような…一見すると、今の日本酒市場において福島の日本酒を
醸す酒蔵さんは勝ち組と思えるものですが、全てがそうではない。
その事がよく分かりました。
改革は着手したばかりで、今の市場についての認識とは残念ながら自分達が接しているそれとは、全く異なるものでした。
この蔵は親会社に食品卸し問屋があり、そこにほとんど地元酒を出荷して生きてきたのですが、年々需要は少なくなり、この10年でみるみるうちに製造石高も2000石から半分以下(500石辺りかな?)に落ち、起死回生の一手として親会社の営業マンを南部杜氏の下につかせてキャリアを積ませて、昨年自社杜氏にして
生まれたのが三春 五万石 でした。
蔵人もみんな若い方々でした。しかし、束ねる製造部長の柳沼さんは昔ながらの
方で、昨年の商品化についてももめたそうです。こんな甘い酒が売れるわけがないと、いやいや、今は個性も大事なんですと。
結果としてはもう、変えていかなければならないところまで追い詰められていて、個性を意識した酒を造っていかなければならないという事で、まとまりました。
福島のカリスマ、醸造試験場の鈴木先生の実家は蔵から近く、自分が生まれ育った三春から不味い酒を造ったらダメだぞ、と郷土愛のある指導も受けているようです。
今日は三春 五万石は新酒待ちなので、地元酒を試飲しましたが……現実は極めて難しいものでした。地元商圏の絡みもありますから、一気に全てを変えられない。
お酒そのものは決して美味しくないわけではないのですが、価格であったり、自分が普段接している銘柄と比べると、これではお客様にお渡しは出来ないと。難しい事ですが、忌憚のない意見を酒屋が言わなければ、人は育たないものです。
三春 五万石の仕上がりを見て、まずはそれからですね。
この蔵は流通がそうだったのもあり、県外の地酒屋さんとは全く接点がないので、今後、自分の経験は生きると思いました。
蔵の中を見てみましたが、設備はそれなりに行き届いているものの、貯蔵スペースが足りないかな…
ただ、驚いたのは思いきって勝負に出たという遠心分離を導入したばかりという。
遠心分離ならば、昔、自分は新潟の千代の光さんで商品を立ち上げた事があります。
あの後の続きを再びやれる可能性があるのかもしれません。
今回の遠征は即効性はないものの、発展途上にある生みの苦しみや、理想と現実の壁にぶち当たり、必死に変えようとしている現在を見て、助太刀したくなりました。
あれから………
「私達の酒に足りないものはなんなのか、出張に出れば雑誌に載るような銘柄も買ってきては私達みんなで試飲しています。いろいろ買って勉強しているつもりですが、もしよろしければ、私達にこれだというお酒を、東京に戻りましたは見繕って弊社に送っていただけないでしょうか?」と、営業部長の柳沼さん。
いいでしょう、革命君の精鋭を送りますから私達の間の酒質に対する認識の差を
少しでも埋めましょう。
「それでは四合瓶で3本お願いいたします。」
………
この方々は真剣だな、手広くいけば分からなくなる。狭めれば強いメッセージになる。真剣に対しては本気で返す。選び抜いた3本で、どこまで認識の差を埋めれたのか?
三春五万石 試飲
芳醇純米吟醸原酒15%
やはり、昨年の夏に出会ったそれは間違いなかった。あの時よりも清々しく駆け抜ける喉越し、爽やかさ。柑橘系の香りが穏やかにあり、口に含んだ時はうっすらと甘味があり、その後がスッキリ切れます。そう、甘スッキリ。
純米吟醸原酒15%
こちらは芳醇に比べると、香りはほとんど変わらず、爽やかな柑橘系の香りがあり、甘味があり、その後がしっかりとした旨味があり、芳醇に比べるとご飯が食べたくなるタイプ。こちらは、甘シッカリ。ちょっと熟成してからも良さそう。
乾燥を伝えると同時に、改めて、自分は闘病しながらの酒屋ですがと柳沼さんに。
「大丈夫です、私達はあの日の事を忘れません。目が不自由であることも闘病しながらにも関わらず蔵まで来ていただき、忌憚のない意見と、助言をいただいてからの毎日は私達に大きな勇気を与えてくれました。あの日があるから、今年のこの酒になれた。リスクの少ない四合瓶のみの展開から、一升瓶も詰めようとみんなで決めました。四合瓶は1500本、一升瓶は300本、少ないもので申し訳ないですが、遠慮なく無理を言っていただいて構いません。」
………
御意(`ー´ゞ-☆
よく、お酒を引いてくるにあたり、何を重要視しているのかを訊かれます。酒質も大事ですが、自分は酒質よりも人です。ゆえに、酒質には余白があります。その時点での完成度よりも、ここから伸びる、これから伸びる、伸びる伸ばせないは、実行する人がいる。結果として人気銘柄になったものも多いですが、出会いの原点は全て人対人です。だから、やりがいがある。
この人にはあえて厳しい意見を言った方が伸びる人も………いますよね。
(※自分は真に受けるから凹みやすい虚弱体質(^_^;))
紫ラベルは開封してから日増しに伸びてきた、芳醇はこれからの季節が
似合う酒(*^^*)
2018年4月6日
革命君 齋藤哲雄